偉人にはなれなくても感動して心に残る言葉を作りたい

偉人ではないけど、心に響く詩や感謝の言葉、元気が出る言葉などを一生懸命書いています。

神様に守られている人 | それは全ての人

 

全ての人は神様や目に見えない存在に守られています。乗り越えられない試練はやってきません。

 

どんな風に守られているのか、苦しみの原因と目的は一体何なのかをお伝えします。

 

教会

 

私個人の話ですが、小さい頃からずっと辛いことばかりで暗い気持ちで生きてきました。

 

その苦しみは「いつまで続くのか?」と少し思っていましたが、中学も高校もその後の学校生活でもずっと続きました。

 

学生時代に既に限界を感じました

 

これ以上は、もう苦悩に耐えられそうにないと人生をリタイアしたいと思いました。

 

限界というのは、絶望の中で生きている状態で同じ苦しみにずっと見舞われるといった感じです。

 

もう頭は狂いそうで、気がおかしくなって発狂しそうなくらい心の中で「助けて欲しい」とずっと叫んでいました。

 

限界を感じてそれから何年も生きましたが、まだまだ苦悩からは抜け出せず、気付けば、もう若いとは言えない歳になっても、同じ苦しみにずっと襲われて、「もうこれ以上は無理だ」と思いながらも生き地獄からは逃れられませんでした。

 

生き地獄というのは生きながら心は死んでいる状態です。

 

生きながら殺すのはやめて」と言っても天に声が届くわけではなく、生きた屍のような身体と心で絶望の暗いトンネルの中をずっと歩き続けていました。

 

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「明けない夜はない」という言葉は本当か?

 

人はどうしても今現在の状況が悪ければその悪い状況がずっと続くのではと思ってしまいます。

 

私の場合も何十年も同じことを思いました。

 

地獄に行った人は同じ苦しみから抜け出せないと聞きますが、私の場合はまだ地球上で生きていて地獄で生きているわけではありません。

 

だから、同じ苦しみを何度も何度もというのは、もう頭が狂いそうだからいつか終わりがあるのではないかと少しずつ希望を思い浮かべていました

 

そして何十年間もやり抜いた結果ふとした瞬間に抜け出すことができたのです!

 

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マラソン選手のゴールかボクシングの選手を思い浮かべていた

 

私はいつも辛くて限界を感じた時、「もう無理だ神様、助けてください」と心で叫んでいました。

 

そしてその限界のときは大抵、マラソン選手のゴールの瞬間かボクシングの選手が負けて審判の人にかばってもらっているシーンを思い浮かべていました。

 

マラソン選手かそのボクシングの選手になりたいと思うのです。

 

マラソン選手のゴールでは、仲間がタオルをかけてくれて「お疲れ様」と言ってもらえるし、ボクシングの選手を見てもうだめだと思った時、審判がその選手をかばうようなポーズをしてくれてコーチも抱きしめてくれるなりして、負けたのに「よく頑張った」という雰囲気になります。

 

確かに勝った選手のほうがかっこいいのですが、「もう十分だよ」と言ってもらうのがいいなとずっと思っていました。

 

降参したかったのです

 

もう十分頑張った」「よくやった、おりこうだった」と少し甘えたことも言ってもらいたかったのです。

 

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一生懸命頑張った人には褒美がある!

 

世の中の人は、一生懸命頑張って生きている人ばかりだと思います。

 

皆それぞれ悩みは抱えているけどそれを人には見せずに今日一日をめいいっぱい頑張って生きているのだと思います。

 

私個人の話に戻りますが、私は確かに苦しかったけど、一つだけ言い放てることがあるとすれば、「私は頑張らなかったときは一度もなかった」と声を大にして言えます。

 

ひたむきに苦しみからも目をそらさず、自分の気持ちを信じて真っ直ぐに立ち向かった人には必ずご褒美があると思います。

 

努力したことによる褒美かも知れないし、逃げなかったことに対しての褒美かもしれないし、立ち向かって頑張ったことに対してかもしれません。

 

ときには逃げてもいいのですが、逃れられない苦しみというものになんとか向き合おうとした人にはご褒美が待っています

 

そして、どんな絶望からも生きている限り、諦めなければ抜け出せる時がきます

 

なぜならあなたは苦しむために生まれたのではなく、人生を楽しむために生まれたからです。

 

天に向かって手を合わせる人

 

限界を感じても生きていける

 

人は限界を感じて助けを呼びたいときでも、どうにかして自分の力で生きていける力を備え持っています。

 

だから神に願ったとしてもあなたが乗り越えられることまでは襲ってきます

 

残酷なように感じますが、苦しみには必ず意味があってあなたに何かを教えてあげようとして試練のようにやってくるのです

 

だからそれに立ち向かって一生懸命になった人なら必ず苦しみの意味は理解することができ、逃れることもできます。

 

そしてひとつずつ試練を乗り越えていったあなたにはもう苦しむ必要がないという評価がくだされます

 

人格が優れていき、人として大事なことを得たあなたならもう苦しみは襲ってきませんクリアしたからです。

 

そこまでたどり着くまでに気が遠くなる思いもありますが、頑張って乗り越えれば人生のご褒美や至福のときが待っています

 

最後になりましたが、絶望的な状態になってもどこかで救いの手は差し伸べられます

 

それを信じて、いつかもっと幸せを思い切り噛み締められるように乗り越えていきましょう。